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熊本地方裁判所 昭和23年(行)31号 判決

原告 松崎三代次

被告 熊本県農業委員会

一、主  文

被告が昭和二十三年八月一日附別紙目録記載の土地のうち熊本県阿蘇郡南小国村大字赤馬場字女夫木百十八番山林一畝歩同所百十九番山林十八歩同村同大字字楢原三千三十八番山林一反六畝歩同所三千四十番の一山林十五歩の土地につき同村農地委員会の樹立した未墾地買収計画に対する原告の訴願を棄却した裁決はこれを取消す。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告その余を原告の各負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十三年八月一日附別紙目録記載の土地につき訴外南小国村農地委員会の樹立した未墾地買収計画に対する原告の訴願を棄却した裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする、」との判決を求め、その請求の原因として、「訴外南小国村農地委員会は昭和二十二年四月二十二日原告所有の別紙目録記載の土地につき未墾地買収計画を樹立したので、原告は法定期間内に異議を申立てたが否決され、更に法定期間内に被告に対し訴願したけれども被告は昭和二十三年八月一日附原告の訴願を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書は同月十八日南小国村農地委員会を経由して原告に送達された。然しながら被告の右裁決は次のような理由によつて違法である。即ち

(一)  本件(イ)の五筆の土地は嘗て明治の末期原告の祖父がこれを開墾した土地で大正年間迄田畑として耕作されていたが、その間大正三年第一回目の山崩れを起し土砂を押流して右耕地は勿論その下方にある約二反歩に及ぶ田畑や数十町歩の水田に注ぐ用水路を埋め、これが修復の為め数百戸の村民が総出動した程であつたが其の後一年余の修理期間を経た後訴外菊池恵が再び耕作を続けたところ、大正六、七年頃前崩壊した所より約十間位下手の所で数坪の土砂が押出され危険な状態となつた為その後は田作をやめ畑地としてだけ耕作してみたが依然土砂崩壊の虞が去らなかつたので、遂に耕作を全廃して杉を植付け現在のような二十数年生の杉の植林地とした場所であつて、地形も西南北の三方を高地によつて囲まれた東向きの窪地で、十数段の小段丘を以て区切られた平均約四十五度の傾斜地となつている為耕地となる部分は全体の面積に比較して極めて少く土質も雨水に流失し易い白灰土で植林には適するが耕作には適せず、若し立木を伐採して開墾すれば山崩れの危険がある。(ロ)の土地のうち字女夫木百十八番山林一畝歩は急傾斜地で同字百十九番山林十八歩は実測三反歩あり傾斜が大きい上に土質不良、南側に高地を控えているために日照りの状況も悪く右二筆の土地はいづれも開墾に適しない。(ハ)の六筆の土地のうち大部分は以前田畑であつたが現在は耕作が放棄されて山林となつており右地域は全体的に見て土質不良の上周囲の山林が買収から除外されているため一般的に日照りの状況が悪く特に右のうち字楢原三千三十八番山林一反六畝と同字三千四十番の一山林十五歩とは急傾斜地であつて、右六筆の土地はいづれも現在二十数年生の杉の美林となつていて杉の植林地としては最適の土地であるが、これを耕地として開墾するには不適当な土地である。

(二)  のみならず南小国村に於ては以前政府より補助金の交付を受けて開墾の目的地に指定された約八十町歩の土地のうち今猶未墾地のまま放置されている土地が五十五町歩もあり、且つ既耕地すら供出、納税等の関係から耕作を抛棄するものが続出している実情であるから、食糧増産の為農地の開拓を必要とするならば先づ右のような土地を高度に利用して開発すべきで本件のような耕地とするに不適当な山林の立木を伐採してまで強いて開墾する必要は毫もない。殊に本件土地の杉の立木は今後十数年にして伐期に達し優良な用材となるのであるから国家経済上からみても今これを伐採して開墾するよりも山林として存置しておく方が遙に有利であつて、このような諸点を無視してなされた本件未墾地買収計画は到底正当なものとはいえないばかりでなく、本件未墾地買収計画樹立当時は占領政策の一環として未墾地買収の面積が強制的に割当られ、これが達成を強要された為現地の特殊事情や社会的、経済的事情を考慮に容れないで開墾に適しない山林を未墾地として買収した事例が多く、その結果治山治水の面に於て著しく国土の荒廃を来し、各地に風水害が頻発するに至つたのも右のような無定見な未墾地買収がその一因をなしていることは公知の事実である。さればこそその後従来の未墾地買収の行過ぎが反省され、農林省に於ては未墾地買収と林業との調整を図る為昭和二十七年四月十八日附地局第一六六二号を以て既に買収された未墾地のうち開墾不適地については再検討の上これを旧所有者に売戻す旨の通牒を出し、又新農地法に於ては同法第四十四条第二項に未墾地買収の要件として土地の自然的条件の外、国土資源の利用に関する綜合的な見地から適当と認められるものでなければならない旨の規定を新に設けて、開拓適地選定基準を明定するに至つた次第であつて、このような事情の変更した現在に於ては本件土地の買収も新しい基準に従つて再検討せらるべきであり、新基準と著しく内容の異つた旧基準によつて樹立された本件土地の買収計画は最早これを正当として維持すべき根拠を失い当然違法というべきである。以上いづれの点からしても訴外南小国村農地委員会が本件土地について樹立した未墾地買収計画は違法であつて、被告が右計画を支持して原告の訴願を棄却した裁決も亦違法たるを免れない。仍て原告は茲に右裁決の取消を求める為本訴に及んだ次第である」と陳述した(立証省略)。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として「原告主張事実中訴外南小国村農地委員会が原告主張の日本件土地について未墾地買収計画を樹立したこと、これに対し原告からその主張のような経過で異議、訴願がなされたが、被告が原告主張の日原告の訴願を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書が原告主張の日原告の許に送達されたこと及び本件土地が現在杉の美林であること並びに本件(イ)の土地が嘗て田畑として耕作されていた土地で大正三年頃その一部が欠壊した事実があることは認めるがその余の点は争う。

(一)  本件土地はすべて開墾適地であつて隣接の土地も開墾適地と認められ未墾地として既に買収されているところが多く特に本件土地を不適地として買収計画より除外すべき理由はない。即ち本件(イ)の土地の欠壊は原告の主張するような大規模のものではなく、大正三年七月十二日頃用水路の漏水により右土地のうち当時水田であつた三千八百五十八番の一部に幅四間奥行六間位の欠壊を生じ土を押流したことがあつたので、翌年四月右欠壊部分を修理すると共に用水路を廃して爾後畑地となし、その後は欠壊したことはなかつたが、昭和三年労力の不足から耕作をやめ地目を変換して山林としたもので畑として耕作していた当時は地味も肥え耕作に適していた土地である。なお未墾地の開拓計画は技術的にも右のような点を考慮して施行されるのであるから嘗て一回の土地の欠壊があつたようなことは何等開墾の妨げとならないし、(イ)の五筆の土地を全部開墾するときは日照りの状況も良好となる。次に(ロ)の土地のうち字女夫木百十九番山林十八歩が相当の傾斜地であること及び同山林は実測二反歩余であることは認めるがこの程度の傾斜であれば開墾不適地とは言い難く、既に買収済みになつておる元原告所有の同字百十六番、百十七番等の山林を開墾する時は日照りの状況も良好となる、又同字百十八番山林一畝歩が急傾斜地であることは認めるが同山林は右百十六番、百十七番、百十九番等の山林と一体を為す地位にあるので、之の部分のみを買収より除外することは不適当と言わなければならない。(ハ)の六筆の土地は土質が良好である上に面積が広いので、隣接の山林が買収されていないとしても日照り状況は不良ではなく特に右六筆の土地の略中間に位置する字楢原三千四十二番の山林は買収予定地であるから之を買収すれば日照りの状況は一層良好となる。尤も右六筆のうち同字三千三十八番、三千四十番の一の山林が傾斜地であることは認めるがこの程度の傾斜では開墾に適しないとは言い得ない。

(二)  南小国村に於ては戦時中八十五町歩の未墾地を開墾する予定であつたが、開墾地としての条件を具えない土地を開墾した為、大部分が林野化し、当時開墾された土地で現在残存しているものは僅か二十町歩に過ぎず、同村の特殊事情として田に比較して畑が少く特に畑を開墾する必要があり、終戦後村の人口も激増したことを考慮すれば現下の国家的食糧難を打開する為には同村に於てなお百町歩の開墾を必要とし、部落民も開墾を強く要望しているから、大局的な見地から土地を高度に利用する為には或る程度個人的な利害得失を犠牲にすることも已むを得ない。

以上の理由により本件土地に対する未墾地買収計画を正当と認め、原告の訴願を棄却した被告の裁決に何等違法の点はない」と述べた(立証省略)。

三、理  由

訴外南小国村農地委員会が原告主張の日原告所有の別紙目録記載の土地につき未墾地買収計画を樹立したこと、これに対し原告がその主張のような経過で異議訴願をなしたところ、被告が原告主張の日原告の訴願を棄却する旨の裁決をなし右裁決書が原告主張の日原告に送達されたことは当事者間に争がない。

そこで以下右裁決の適否について判断する。

(一)  先づ本件土地が自然的条件に於て開墾に適するか否かについて審究してみるに、検証(一、二回)の結果に鑑定人日嶽義満、同鶴田嘉重郎の各鑑定の一部と証人菊池恵の証言を綜合して考察すれば本件(イ)の字菖蒲迫の五筆の土地は標高約四百七十米南小国村大字赤馬場字黒原部落より西方約百五十米を距たる小高い丘陵の東側斜面の中腹から山麓にかけ順次接続して一体をなし、西南北の三方を丘状の原野及び高さ二乃至四間の崖を以て囲まれ山麓の隘部に於て平地に開ける東向の馬蹄形状の窪地となり、各筆共平坦な数段の段丘となつているが、原告主張の如き傾斜地でもなく又耕作面積が全体の面積に比較して少いというようなことはない、唯前記のように三方を高地や崖を以て囲まれた段丘地となつている為山麓の隘部に於ては雨水の浸蝕が大きく土壤も水の滲透性強く結合性の弱い土地柄でこの点に於て多少の難点はあるが以前は長期間田畑として耕作されていた土地であつて、気温、日照、土性、土層、礫の含有度等に於ては耕作に適していることを認めることができる。原告は右土地は嘗て土地の崩壊があつたところでこれを開墾すれば山崩れの危険があり開墾に適しない旨主張するので按ずるに、右土地の一部に土地の欠壊したことがあつた事実は被告もこれを認めるところであつて、且つ前述の如く右土地は地形、地質等からみて比較的水に対する抵抗の弱い土地であるからこれを開墾するには特別の注意を必要とし、万全の対策を講じなければならないことは勿論であるが、右土地の欠壊は長年耕作されていた全体の土地のうち水田に利用されていた土地の僅少部分で畑地としての耕作は可能であり、又右程度の土地の欠点は開墾技術上これを是正し得ないこともないと考えられるので結局右土地は全体的にみて開墾適地であると認定することができる。次に本件(ロ)の字女夫木の二筆の土地のうち百十八番山林一畝歩は斜度四十五度西向きの断崖で全く農耕には適しない、又百十九番山林十八歩は東西に狭長な地形で西北に向い平均二十度の傾斜を示しており日照りも稍不良であるから之亦農耕に適するとは言い得ない。尤も右百十九番が既に買収済みの元原告所有の同字百十六番、百十七番、百二十三番の三筆に狭まれており百十八番は右四筆の西南に連らなつていることは検証の結果明かではあるが、本件の二筆を買収しなければ前記買収済みの三筆が全く開墾の目的を達し得ないものとは認め難く、殊に本件百十九番の山林は公簿面の上では十八歩であるが被告の認めるところでも実測二反余に及ぶもので、斯様に相当広い面積を有する山林を既買収地の開墾の便宜のためにのみ買収することは相当とは言い得ないので、結局本件の二筆は開墾不適地と認めざるを得ない。本件(ハ)の字楢原の六筆の土地は南小国村本馬場部落より約百乃至四百米を距て同村より内牧町に通ずる県道の東側にある山の西側斜面に一体をなし、標高約五百四十米乃至五百六十米であるが右のうち三千三十八番山林一反六畝は西に十四度乃至二十一度、三千四十番の山林十五歩は同じく西向に二十一度乃至二十五度の急傾斜地で耕地に適せず隣接地の関係などの点から見ても特にこれを買収しなければならない特別の事情も認められないので開墾不適地というべきであるが、爾余の土地は平坦な段丘乃至緩傾斜地となつていて気温、日照、土性、其の他の条件は全般的に耕地に適した土地で原告も右(ハ)の土地の多くは以前畑地であつたことを自認しているところであり、開墾地として不適当の点はないことが認められる。証人上野己熊の証言並びに前記各鑑定人の鑑定中叙上認定に牴触する部分は採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて結局本件土地のうち前記字女夫木百十八番、百十九番及び字楢原三千三十八番、三千四十番の一の四筆の土地は開墾不適地であるが、爾余の土地はすべて開墾適地であるということができる。

(二)  次に南小国村に於ては本件土地より遙に開墾に適する土地が多数あり強いて本件土地を開墾する必要はなく、本件土地はこれを山林として存置する方が国家経済的にみても有利であり殊に新農地法の施行により従来の未墾地買収の行過ぎが是正されつつある近時の社会的、経済的事情の変更した状況の下に於ては同法所定の新基準により再検討さるべきは勿論のことで本件土地を自作農創設特別措置法当時の旧基準により未墾地として買収することは違法であるとの原告の主張について考えてみるに、凡そ未墾地の買収が土地所有権に対する国家権力の介入により行われる以上其が恣意に流れないよう適当な範囲に止めらるべきことは当然であつて、之が為めには買収の対象となる土地が自然的条件に於て開墾に適するだけでは十分でなくこれを農業のため利用することが国土資源の綜合的利用の見地から適当とするものに限らるべきであつて、旧措置法では之の点に関し明確な規定を欠いていたが新農地法に於けると略同様の条件が「適地選定基準」として通牒により指示され運用上の準則となつていたところで、之等に規定する未墾地買収の必要性乃至正当性は広く国家全般の社会的、経済的立場に立つて検討した上、当該地方の特殊事情をも十分考慮し綜合的に決せらるべき問題で、原告主張の如く単に農地として利用するより森林資源として存置する方が経済的に有利であると言うが如き抽象的な比較等によつて軽々に速断することはできないところである。而して今猶開拓政策が強く推進されている現在の国情並に証人日野義光の証言により明かなとおり本件買収の行われた南小国村に於ては人口に比し畑地が少いとの特殊の事情の下に於て特に本件未墾地の買収を原告主張のような事由によつて違法と認むべき根拠はない。

以上の次第で本件土地につき訴外南小国村農地委員会の樹立した未墾地買収計画を支持して原告の訴願を棄却した被告の裁決中開墾に適しない前記字女夫木百十八番百十九番及び字楢原三千三十八番三千四十番の一の四筆の土地に対する部分は違法であるがその余の部分には違法の点はない。仍て原告の本訴請求中右四筆について被告のなした訴願裁決の取消を求める部分はこれを正当として認容すべきであるが、爾余の部分は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浦野憲雄 安仁屋賢精 下門祥人)

(目録省略)

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